岡山県で素敵な出会い、備前焼「たけのこ村」訪問

たけのこ村(岡山県倉敷市 NPO法人障害者・児自立の村)

 

備前焼の特色

・「備前すり鉢 投げて割れぬ  備前徳利 さけがうまくて味が変わらぬ」

→固い焼き物なので投げても割れない、遠赤外線が出て酸素供給した焼き物なのでコクとまろみが出て美味しく飲めると意味であります。

コーヒーやお茶もコクとまろみが出て美味しい。

 

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岡山県の旧真備町(現倉敷市)に人口8人の「日本一小さな村、日本一の貧乏村」。けれども「日本一心の豊かな村」”たけのこ村”があります。

 

以下は藤岡さんから聞いたお話をそのまま文章にしました。

 

藤岡さんはこの村の万年やりくり助役であります。

昭和38年、藤岡さんはかつて中学校で特殊学級を担任していた。せっかく職を得た卒業生が、石油ショックで次々と首を切られた。まじめに働く教え子たちは「能率が悪い」の一言で解雇されました。

 

行き場がなく国や行政にも見放され、「バカにされない、絶対にクビにならない、安心して働けるところが欲しい、自分たちで生きていこうと自分たちの力で村を作ろうと思い、教職を退職して「たけのこ村」をつくることを決意しました。「真っすぐ伸びるタケノコのような自立精神で、根っこがつながる竹のように共生したい」という願いを、村名に込めた。
教員時代、障害児が手先の感覚を鍛えられると始めた埴輪(はにわ)作りや、食器を買えないから自分たちで作ろう、と始めた備前焼も生活の一部だ。備前焼の専門家に教えてもらおうとしたら「バカは教えん」といわれた。

 

陶芸センターは作家を養成するところであって障害者を養成するところではないといわれた。食いついて、備前焼を教えてくださいとはいわないので、お茶椀の作り方を教えてほしいと言った。ろくろを借りて3年間土を練ることだけをやった。諦めなかった。

 

藤岡さんは「土の感覚をつかむまで辛抱強く見守る」。手びねりで作る箸置きから始め、ろくろを手がけ、湯飲みや花器、今では高さ50センチを超す大つぼも作ります。

 

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「たけのこ村」は寄付も募金もなく作りました。最初は荒地、木を切り、根っこを掘っての村作り。今は、山羊や鶏(ホロホロチョウ)を飼い農耕して時給自足の生活をしています。

 

藤岡さんが障害者の感性と能力を引き出せる人数は、両手が組める10人までといいます。なぜか?10人以上の11人になったら両手からこぼれてしまう(両手のひらで包めるのは10本の指だけだから)これで村つくりをしています。

現在は8名で村に住んでいます。

 

憲法25条すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

は守ってあげたいと思う。

 

一個売れればいくらかで作っているのではなく、陶芸文化を次の世代に継承するということでやっている。

 

教員を辞めて45年間給料もボーナスもないんですよ、と藤岡さんは笑顔で話します。

たけのこ村を始めて、途中で高野山へ登り僧侶になりました。

 

なぜか?それまでは、この障害を持っている人たちを「面倒見てやっているのは俺なんだ、命を救ってやってるのは俺なんだ、養っているのは俺なんだ、自立をさせてやっている」という気持ちがありました。国が彼らを助けてくれないのだから自分が犠牲になっても救うのは自分しかいないと思っていました。

 

しかしそれではいけないのではないか。この障害を持っている人とどのように接していけばいいか考えました。そして高野山に登りました。

 

3か月間修行し、高野山を下山するとき大僧侶が「あなたは私のお弟子ではなくて弘法大師、釈迦のお弟子さんになったのだから、しなければいけない義務があります」と言いました。

 

義務とは何か「我を捨て、欲を捨て、社会のため、一人の人を生かすためにするのが僧侶の義務です」と言いました。仏教徒は全部仏様の子である、だから藤岡さんが仏様の子になった以上はたけのこ村にいる知的障害を持つ子たちはお釈迦様の子なんです」と言われました。

 

そうしたら、彼らを守ってやってるんだ、救ってやってるんだ、そして自立をさせているんだ、「してやってるんだ」ということは捨てなければいけないと思いました。

 

お弟子さんが仏様の子を授かったのだから、寄り添って生きていく、そうしたら必ず「たけのこ村」から慈悲という光がでます。光が出たらその光が地域社会の、全世界の慈悲という光がでて世の中が幸せになりますよ。たけのこ村から必ず光がでます。と言われました。

 

それを聞いて、私は空っぽになって「面倒見てやってる藤岡」ではなく「寄り添っている、いさせてもらっている、仏さまの子どもたちを授かったんだ」と思えるようになりました。

 

「そうなると気が楽なんですよ」

そうするとこの人たちの作品もいいのができます。

 

作品のデザインも自分たちでやります。

それは自然と人間と動物が共存している社会であり全部手作りであります。

見たありのままで作る。持って生まれた感性がある。嘘、ごまかし、言い訳することを知らない。これが作品に生かされています。

 

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本当の自立は、寒さに耐えれること、暑さがしのげる人、そして空腹を楽しめる、働く心がなかったら本物ではないと思います。

 

死ぬまで勉強ですから楽しいんですよ、日本の国民であり、憲法13条(個人の尊重、幸福追求権)14条(法の下の平等)であり、基本的人権の権利があるため国からお金をもらっていく権利があるんだというのは本当の権利ではなく保護されている権利であり、僕たちは「生きていく権利があるんだ」といういいかたをします

かたくなに、妥協しない生き方が作品にあらわれているんです。

 

以上が藤岡さんのはなしです。

 

今回私は、他の2施設訪問だけの予定で、倉敷へ行く予定はありませんでした。

たまたま、備前焼を本格的にやっている障害者の方たちがいるみたいだよ、というのを聞き、急きょ電話で連絡、強引なお願いをして訪問しました。

 

藤岡さんの話を聞き、昔のまだ知的障害者が「精神薄弱者」と言われていた時代の障害者制度のありかた、それに疑問を抱き国の制度には頼ることなく(頼れる法律がなかった)自らの手で切り開いてきた現在の立ち位置。

 

障害者の「働く」という選択枠、もっといろんな形があってもいいのではないかと思いました。

 

来月は「たけのこ村」で皆さんの備前焼の仕事を見たいと考えています。

よい製品はどのように作られているか直接見て、納得して、皆さんに届けることがハッピーチョイスの使命です。

 

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